山本尚利
1.手放しで喜べるか?日本人のノーベル賞受賞ニュース
2008年10月上旬、歴史に残るビッグニュースが舞い込みました。4人の日本人のノーベル賞受賞が決まったからです。2008年度物理学賞の受賞者は、南部陽一郎、小林誠、益川俊英の3氏、化学賞が下村脩氏と合計4人です。誠におめでたいニュースに水を差すよう気が引けますが、この受賞ニュースを手放しで喜んでよいものかどうか、ちょっと待って!と言いたくなります。なぜなら、どうして唐突に日本人が受賞できるのか、今一不透明さを感じるからです。
そこで思い起こせば、6年前の2002年にも、田中耕一氏、小柴昌俊氏がそれぞれ化学賞、物理学賞に輝いています。とくに、一介の企業サラリーマン研究員であった田中氏にとって、キツネにつままれたような男版シンデレラ・ストーリーだったわけです(注1)。当時の筆者は、彼の受賞に他人事ながら非常に感激したのを憶えています。この当時は何かウラがあるのではないかとはまったく疑いもしませんでした。
その後、2005年、郵政民営化実現で国際金融資本オーナーに貢献した小泉純一郎前首相にノーベル平和賞を与える運動が、2007年トヨタ自動車出身で元経団連会長の奥田碩氏中心に行われているという報道に接し、最近のノーベル賞には何かウラがありそうだと筆者は疑いを持ち始めました(注2)。
2.中立性に疑いのある最近のノーベル賞
筆者の専門MOT(技術経営)の方法論のひとつ、リアルオプション理論による技術評価法(注3)にて使用されるブラック・ショールズ・フォーミュラの元祖、マイロン・ショールズ博士(スタンフォード大学教授)は1997年ノーベル経済学賞受賞者ですが、彼の金融工学(投資科学)理論は、今日、米国発の世界的金融危機の原因となったローン証券化商品(CDO:Collateralized Debt Obligation)あるいは証券化ローンの保険付複合商品(CDS:Credit Default Swap)に応用されています。この例から明らかなように、ノーベル賞、とりわけノーベル経済学賞は国際金融資本オーナー(世界的寡頭勢力)に利用されている疑いが濃厚です(注4)。経済学は「沈黙の兵器」のひとつであるという世界的寡頭勢力の考え(注5)とも一致します。
このようにノーベル賞に疑いをもって再度、今回の日本人のノーベル賞受賞劇をみると、前回2002年当時と極めて類似性が高いと感じざるを得ません。そこでまず、2002年当時のノーベル賞と国際金融資本オーナー(寡頭勢力)の関連性を挙げてみますと、2002年前後に、日本政府の外貨準備高が2000億ドルから8000億ドルと6000億ドル(60兆円規模)も急増しています。本件についてミスター円の榊原英資氏(早稲田大学教授)は「前代未聞の巨額ドル買い介入」と暗に、当時の竹中平蔵氏(経済財政政策担当大臣、金融担当大臣兼務)を批判しています(注6)。つまりこの時期、日本政府は米国覇権主義者の背後に控える寡頭勢力を非常に喜ばす金融政策をとっていたわけですが、この政策は日本の国益に反します(注7)。竹中金融政策のおかげで米国はイラク戦争の財源を確保できたはずです。2002年日本人のノーベル賞受賞劇は日本国民の目をそらす「ほめ殺し作戦」(対日国家ハラスメント)だった疑いが濃厚です。
3.今回の日本人ノーベル賞受賞劇の狙いとは
さて、今回の日本人の2008年度ノーベル賞受賞劇と国際金融資本オーナー(寡頭勢力)の関連性とは何でしょうか。2008年10月10日のテレビニュースにて同年9月16日(リーマン・ブラザーズ破綻の翌日)から10月10日まで、日銀はおよそ半月(18営業日)でなんと38兆円も短期金融市場向け資金供給公開オペを行ったと報じられました。このオペはまさに米国発の世界金融危機で重傷を負った日本の金融システム維持のための緊急輸血のようなものです。2008年9月30日終値11160円(東証時価総額352兆円)だった日経平均株価が10月10日には8276円(時価総額261兆円)に暴落しました。その差、なんと91兆円です!しかし今回に限って、日銀の38兆円規模の資金供給ではまだ足りないかもしれません。
この日本企業株の暴落の原因は、主に外人投資家の換金売りといわれています。そのため9月末から10月上旬にかけて、巨額の円需要が生じたということです。日本優良企業の外人持ち株比率は30~50%とみられますので、上記38兆円規模に匹敵する巨額の円キャッシュが外資(ヘッジファンドを含む)の手元に渡っているはずです。
もし、彼らが手元円をただちに米ドルに交換しているなら、株暴落と同時に円の暴落が起きたはずですが、10月13日現在、円相場は1ドル99円台であり、円安が起きるどころか、むしろ円高傾向にあります。つまり彼らは円に比べて米ドル相場に、より不安をもっており、日本企業株の売却益を米ドルに交換したくともできない状態にあるとみられます。今の彼らは二つのシナリオをもっているでしょう。(1)近未来、米国連邦政府が金融政策に失敗して米ドルが暴落したら、再度、日本の優良資産を買戻しするシナリオ、
(2)公的資金注入を計画している米連邦政府の金融政策が評価されて米ドルの信用が回復したら、手元円をドルに交換し、信用収縮によって生じた損失の補てんに流用するシナリオです。
(2)のシナリオが選択されると外国為替市場にて、外資サイドから猛烈な円売り・ドル買いが起きることになります。しかし日銀が円を買い支えるはずですから、深刻な円暴落は起きないでしょう。ところで日銀は2008年9月18日、FRB(米国連邦準備制度理事会)と600億ドル(6兆円規模)の米ドルスワップ協定(日銀による他国通貨のドル供給は戦後初めての試み)を結んだと報じられています。これは(2)のシナリオを想定して、日本国民へのショックを和らげるための予行演習でしょう。
上述した2002年前後の日本政府による60兆円規模の円売り・ドル買いオペでは、日本国民の預貯金が米ドルに化けて米国に還流しました(事実上、一方通行の円流出)。今回、上記(2)のシナリオが選択されたらどうなるでしょうか。仮に外資が総額60兆円規模の円売り・ドル買いを行ったら、日銀は米ドルスワップ協定で6000億ドル(1ドル100円と仮定)をFRBから調達して外資から円を買い取り、借りた米ドルを売ることになります。その結果60兆円規模の円がスワップ協定に従ってFRBの手元に残ります。このシナリオこそが今回、日本人ノーベル賞受賞劇で、またも日本国民を煙に巻こうとする狙いなのでしょう。
不景気に苦しむ日本人を元気付けるノーベル賞(4個)は一個あたりなんと15兆円の計算です。2002年のときは、ノーベル賞(2個)が1個あたり30兆円だったが、今回二度目なので、1個15兆円のバーゲンセールだよ、ワハハハ・・と寡頭勢力の高笑いが聞こえそうです。これが高いか安いか、ノーベル賞をことのほか有り難がる日本国民みなさんの考え方次第です(笑)。ちなみに対外債務超過に陥っている米国連邦政府が2002年前後に日本政府に売った60兆円規模の米国債の債務履行をすることはないと考えられます。なお、最近、予測をズバズバ当てて、世間の評価が高まっている副島隆彦氏によれば、2008年現在、日本の対米債権累積総額は600兆円規模に達している模様です(注8)。
(やまもと・ひさとし)
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注1:ベンチャー革命No.23『ノーベル賞受賞者田中耕一主任』2002年10月14日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr023.htm
注2:ベンチャー革命No.230『小泉シンクタンク:トヨタのスモールギフト』2007年5月13日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr230.htm
注3:拙著(共著)[2003]『最新 技術経営評価法』日経BP
注4:本山美彦[2008]『金融権力』岩波新書
注5:ベンチャー革命No.271『情報と技術を管理され続ける日本』2008年9月14日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr271.htm
注6:榊原英資[2008]『強い円は日本の国益』東洋経済新報社
注7:日本政府が巨額の円売り・ドル買いをしても、買ったドルは日本国内では使えないので、結局、米国債で運用される運命となる。つまり当時の竹中金融政策は日本国民の預貯金が国民の知らぬ間に米国債(凍結債権)に化ける売国的金融政策であった。なぜなら対外債務超過に陥って財政破綻しているに等しい米国連邦政府に日本政府が購入した米国債を償還する財力があるとは思えないからだ。
注8:副島隆彦[2008]『恐慌前夜』祥伝社
技術経営
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9月
山本尚利1.新刊の紹介筆者はこのたび『情報と技術を管理され続ける日本』(ビジネス社、2008年9月)を上梓しました。本著は拙稿メルマガ(ベンチャー革命およびテックベンチャー)をベースに「米国覇権の対日攻略」についてまとめ、出版したものです。なお、本著はMOT(技術経営)の視点から米国技術覇権に焦点を当てた前回の拙著『日米技術覇権戦争』(注1)の姉妹版です。両著は筆者のSRIインターナショナル(SRI、元スタンフォード大学付属研究所)における16年半(1986年より2003年まで)におよぶMOTコンサルタント経験を通じて知った戦後の日米関係の実態を明らかにしています。とりわけ一般の日本国民に見えにくい「米国覇権の対日攻略」の中身を具体的に示し、われわれ日本国民はどのように対米防衛すればよいか、そのヒントを提示しています。2.米国覇権による対日攻略ハラスメント周知のように米国は世界最強の軍事覇権国ですが、彼らは自国に脅威を与える国家(脅威国または仮想敵国)や集団(アルカイダなど)を本能的に攻略しようとする性質をもっています。直近では2003年、イラク(フセイン政権時代のイラク)を軍事的に攻略しています。過去、米国はわが国を敵国視し軍事的に攻略することに成功しました。そして1945年8月、日本は無条件降伏を余儀なくされました。2000年以上におよぶ日本の長い歴史からみれば、それはわずか60数年前のことです。このように米国は彼らが敵とみなした国家を攻略する際、一般的には火力兵器中心の軍事力(ハードパワー)を行使してきました。ところが、彼らが仮想敵国とみなした国家が技術先進国でかつ民主主義国であった場合、ハードパワーの軍事力を安易に行使することはできません。なぜなら軍事的あるいは外交的に報復される危険も高くなりますから。ところで戦後の日本は米国と日米安全保障条約を締結、日本の外交上、米国は敵国から同盟国になり今日に至っています。それでは戦後の日本は軍事同盟国米国からの攻略を免れているでしょうか。筆者の見方によれば、戦後の米国は表面的に日本と軍事同盟関係を結んでいるものの、対日攻略を決して止めてはいません。なぜなら日本の強力なMOTパワーに裏打ちされた日本の潜在的軍事技術力は彼らにとって、依然、大きな脅威だからです。別の見方をすれば、米国にとって戦後の日本が潜在的軍事脅威であるからこそ、日本との軍事同盟を必要としたといえます。さもないと、米国から原爆攻撃された日本がいつ、報復行動に打って出るかもしれないからです。なにしろ日本は真珠湾攻撃という不意打ちの前科がありますから。戦後の日本がまがりなりにも民主主義体制の先進工業国となった今、さすがの米国も対日攻略に軍事力(ハードパワー)は行使できません。そこで彼らは、情報と技術を含むソフトパワー(国民の目に見えにくい)によって、対日攻略を行ってきたとみなせます。一般の日本国民には見えにくい米国の対日攻略は米国覇権による「対日国家ハラスメント」とみなすことができます。ここでハラスメントとは「敵に悟られないように密かに攻撃すること」です(注2)。つまりこの知能作戦は、日本国民に反米感情を起こさせないばかりか、親米感情を高めつつ、水面下で巧妙に日本を攻略にするという試み(ハラスメント)だったのです。彼らは、日本国民の国民性(無防備で能天気)をしっかり研究した上で、日本国民に気付かれないよう、あの手、この手で攻めてきたのです。ちなみにハラスメントは攻撃ターゲット(ハラッシー)にこちら(ハラッサー)の正体を見破られたら成立しません。そこで、米国覇権主義者(ハラッサー)はわれわれ日本国民(ハラッシー)に証拠を見せずに攻略してきます。上記拙著は一般国民には見えにくい「米国覇権の対日攻略」の実態を明らかにすることによって、日本国民に警告を発しています。3.静かなる戦争と沈黙の兵器ネット情報によれば「静かなる戦争のための沈黙の兵器」(注3)という書があるそうです。このコンセプトを読むと、戦後日本に対する「米国覇権の対日攻略」こそ、まさにこのコンセプトの壮大な実験だったのではないかという気がします。表向き民主主義を旗印にする米国にとって、仮想敵国が米国と同様の民主主義国であった場合、さすがに大義なき軍事攻略はできません。なお彼らは、敵が共産主義をかたる一党独裁国家、あるいはテロリスト国家ならば、堂々とハードパワーの軍事攻略を仕掛けてきますが・・・。そこで民主主義を採用する仮想敵国向けに考案されたのが「沈黙の兵器」、すなわちソフトパワー(注4)による攻略(国家ハラスメント)なのです。さて筆者の所属したSRIではジェームス・オグルビー博士が1985年、経験産業(Experience Industry)論を発表していますが、その理論的背景には米国ロックフェラー財団の寄付で戦後まもなく設立された英国タヴィストック研究所(注5)の軍事プロパガンダに関する社会心理学的軍事研究成果があります(注6)。戦後、英国タヴィストック研究所の成果(ソフトパワーによる敵の無力化戦法)が、SRIなど米国の軍事研究シンクタンクに移転されています。敗戦直後の日本は、米国の占領軍司令本部(GHQ)によって一時、統治されましたが、ネット情報によればGHQは「3S政策」を戦後の日本に適用したといわれています。3SとはSports、Sex、Screen/Songを指します。米国型プロスポーツの振興、風俗産業の黙認、米国製映画・音楽の普及により、敗戦国日本国民の屈折した反米感情を快楽や欲望(経験産業の提供する感性価値)に転化させること(これぞハラスメントそのもの)を狙ったものです。つまり3S政策はまさに「沈黙の兵器」と位置づけられます。このGHQ占領政策はズバリ的中、戦後日本の芸能・文化はすっかり米国化されました。悪く言えば、すっかり堕落させられた(戦前の軍国主義日本がすっかり去勢された)ということです。さらに戦後日本の高度成長が加速するにつれて、日本国民の衣食住のライフスタイルがすっかり米国化されてしまいました。この実態は過激な表現を使えば「洗脳支配」(注7)と呼ぶことができます。2006年7月、小泉前首相はブッシュ大統領の招待で、米テネシー州メンフィスのエルビス・プレスリーの記念館グレースランドを訪問しました。このときの彼のはしゃぎ様ほど無様なものはありませんでした。プレスリーのサングラスをかけた彼のタコ踊りをブッシュ夫妻とプレスリー家族が軽蔑の眼差しでみつめているシーンが世界中に放映されました。このシーンほど郵政民営化を実現させた米国覇権主義者を高笑いさせたものはないでしょう。このシーンこそ、戦後日本が彼らの「沈黙の兵器」に完全無力化された象徴とみなせます。ちなみに、洗脳( Brainwashing )は敵国民だけでなく、自国民にも適用されます。それが軍事プロパガンダであり、自国兵士やスパイのマインド・コントロールです。2003年、ブッシュ政権によるイラク戦争開始の際にもふんだんに応用されています。4.日本国民の洗脳支配米国覇権主義者が日本国民の洗脳支配に成功すれば、米国にとって軍事的には仮想敵国の国民を無力化したと同義です。ソフトパワー・コンセプトの導入によって「敵の無力化」の定義が大きく拡大されました。近代戦争では武器で敵を殺傷するだけが「敵の無力化」ではないのです。ところで戦後の米国の寡頭勢力(米国覇権主義者の頂点に君臨する闇支配者)はマスコミやマルチメディア業界の闇支配に極めて熱心です。なぜなら軍事プロパガンダ技術が戦争のみならず、大統領選挙(寡頭勢力の利権獲得に関係する)などの政治的な世論誘導にも応用できるからです。寡頭勢力は、軍事プロパガンダ研究に多額の研究投資してきたおかげで、米国民のみならず日本国民も巧妙に洗脳支配することに成功しています。(やまもと・ひさとし)------------------------------------------------------------------------------------注1:山本尚利[2003]『日米技術覇権戦争』光文社注2:安富歩、本條晴一郎[2007]『ハラスメントは連鎖する』光文社新書注3:阿修羅『静かなる戦争のための沈黙の兵器』http://www.asyura2.com/data002.htm注4:ジョセフ・ナイ[2004]『ソフトパワー』日本経済新聞注5:ジョン・コールマン[2006]『タヴィストック洗脳研究所』成甲書房注6:山本尚利『経験産業:情報・知識産業を包含する新産業』早稲田大学ビジネススクール・レビュー、第8号、2008、日経BP注7:苫米地英人[2008]『洗脳支配』ビジネス社
19
8月
山本尚利1.評判の悪い日本のiPS細胞研究の国家戦略2008年8月13日の朝日新聞にiPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究(注1)に関して日本の国家戦略が見えないという批判記事が載っています。同研究の日本の権威、山中伸弥京大教授(再生医学研究所)は1993年より3年間、グラッドストーン研究所(GSI、サンフランシスコ)のポスドク研究員でした。この研究所はカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)発の非営利研究所だと思われます。筆者が1986年より2003年まで所属したSRIインターナショナル(元スタンフォード大学付属研究所)とよく似た大学発の独立研究所(スピンオフ研究開発型ベンチャー)です。山中教授のGSIでの経験が同氏の研究観を形成していることは、さまざまな関連記事における同氏の発言から明らかです。日米の研究文化、特に、ハイリスクのサイエンス、ハイテク(先端技術)の研究文化は日米で大きく異なることを同氏は体験していると思われます。
上記の新聞報道によれば、iPS細胞の研究開発戦略に関して、政府の総合科学技術会議の作業部会が半年がかりでまとめた研究推進策の評判がよくないようです。なぜでしょうか。筆者からみれば上記は当然の反応です。なぜなら、この新聞記事を読むまでもなく、iPS細胞関連技術に限らず、ハイテク領域の研究開発全般に関して、日本は米国にすでに大きく後れをとっていて、とてもとても国際競争力はないからです。これは戦後、長い間の国家の怠慢ですから簡単には解決できそうにありません。このことは筆者がすでに証明済みです(注2)。このあせりがiPS細胞研究関係者の不満を呼んでいると推測されます。今頃気付いても手遅れですが。
2.ハイリスクの研究開発にきわめて弱い「技術立国日本」
さて戦後の日本は元々、ハイリスクのハイテク研究開発は決して強くありませんでした。当然です。日本は米国に比べて、ハイリスクの基礎研究や原理の探求研究にかける公的資金の規模が絶望的に低く、筆者の試算では日米の国家経済規模の差を考慮しても、米国に比べて対GDP比で年2兆円以上不足しているからです(注2)。ところが、世間では「技術立国日本」という洗脳的インプットが効きすぎて、多くの日本国民が誤解(日本は技術が強い国家であるという誤解)しているのです。戦後の日本は、ハイテクの技術シーズに関してほとんどが米国からの技術導入です。日本の技術的強みは、米国から移転した基幹技術(基礎的・原理的技術)を改良する部分に限られます。この部分はほとんど民間企業の研究開発あるいは技術開発の領域です。公的資金が必須のハイリスクのハイテク研究開発(注3)において、日本は今、米国のみならず欧州、中国からも遅れつつあります。最近の中国人の対日観の変化(日本より自分たちが上だという思い込み)の背景には、日本のハイテク水準の低さが彼らに知れた点(裸の王様だったことがばれた)にあります。
3.なぜ日本の公的研究予算は米国に比べて絶望的に少ないのか
なぜ日本はハイリスク研究開発に必須の公的資金の研究予算が絶望的に少ないのか(注2)。その理由は、
(1)日本ではハイテクの基礎的・原理的研究投資はこれまで日本企業の中央研究所で主に行われてきた。さもなければ米国からの技術移転であった。
(2)研究自前主義だった日本企業が日本の公的研究機関や大学研究所にあまり期待しなかったためか、日本では公的研究予算が絶望的に少ない状態が長期に放置された。
(3)日本の国家予算を大蔵省(現、財務省)が支配しており、文系の東大法学部出身で固められてきた国家予算官僚にはハイリスクの研究開発の国家的重要性認識が欠落している。
(4)国家の研究開発予算が省単位で縦割り化・分散化されており、日本国家として費用対効果が出しにくい国家研究開発体制となっている。
もうひとつ隠れた理由として、
(5)日本が基礎的・原理的研究に公的予算を増やすことが米国覇権主義者から警戒され、あの手この手で抑制させられてきた可能性がある。なぜなら敗戦国日本の軍事技術力が再び、彼らの脅威にならないように仕向けられているからである。
ちなみに日本政府は米国債を買うこと(買わされること)を国家研究開発投資より優先しており、その結果、財政破綻状態の米国連邦政府は日本国民の預貯金を原資として日本政府に買わせた米国債を自国の国家研究開発の原資にしています。われわれ日本国民にとってなんというばかげた日米外交関係でしょうか。
以上は日本国家の技術戦略および公的資金による研究開発体制の構造的課題です。これでは日本のハイテク国際競争力が強化されないのは当然であり、日本人の才能・能力の問題で決してありません。なお、この構造(欠陥構造)は日本を監視・警戒する米国覇権主義者には望ましいはずです。
4.日本の国家技術戦略は米国と大きく異なる
よい悪いは別として、日米の国家技術戦略立案プロセスは大きく異なります。その相違とは、
(1)日本では文部科学省が主に国家科学技術政策を決めているのに対し、米国ではまず国家安全保障と国益に直結する戦略的覇権技術体系(軍事応用技術中心)と一般的科学技術体系を峻別し(注4)、覇権技術の国家技術戦略を国防総省(注5)が仕切っている。その結果、米国のハイテク成果の多くは軍事技術の派生成果(ディフェンス・コンバージョン)と位置づけられる。そしてハイリスクの研究開発に公的資金を投入することの正当化が行われる。
(2)日本では国家の科学技術予算は教育予算の延長でしかない(米国の一般的科学技術予算に相当)。一方、米国では国防(核兵器・エネルギー技術含む)、医科学(生物化学系軍事技術含む)、航空宇宙(航空宇宙系軍事技術含む)を三本柱として戦略的覇権技術体系が構成されている(注2)。この背景には軍事技術力が国家安全保障あるいは国益に直結するという国家技術戦略思想と国益最優先のミッションが厳然と存在する。他方、戦後日本の科学技術政策には米国のような骨太の国家ミッションが存在しない。単に米国を後追いするクラゲ同然である。
上記のように科学技術の研究行為とはあくまで国家ミッション遂行の手段であるにもかかわらず、日本はそれを目的化してしまっています。日本の科学技術の研究行為のミッションを敢えて挙げるなら、それは単に米国の後追い、もしくは日本国民の人材教育でしかないのです。また、日本ではエネルギー分野を中心に経済産業省も別途、科学技術研究機関を有していますが、そのミッションは日本の産業支援でしかありません。
もうひとつ細かい日米の相違を挙げれば、
(3)国家研究予算の思想が日米で根本的に異なる。日本にはハイリスク研究開発投資に関して確固とした予算思想が存在しないため、ハイリスク公的研究開発(一瞬先が闇で、失敗の確率が高い)の予算を一般のプロジェクト予算と同様に扱っている。すなわち、公的資金であるがゆえに、その予算の出納明細を明示することが優先される。一方、米国では研究プロジェクト責任者の専門家(サイエンティスト)にいっさいの研究遂行リスクを委ね、自由采配と成果主義を優先する。これは戦場の指揮官に全権委任する戦争の作戦プロジェクト(極めてハイリスク)展開方式と似ています。
さらにもうひとつ日米相違を挙げれば、
(4)日本では公的研究開発予算(国立大学運営費を含む)を公務員資格の研究者や大学教員が自前の人件費として使うのが常識化している。一方、米国では公的資金の研究開発には国民の税金が使われているわけだから、公的研究開発予算はできるだけ、民間の研究開発型ベンチャーや大学研究所に競争的に配賦される。そして、米国の公的研究所の研究員は少数精鋭で予算配賦と技術評価に傾注する。なぜ米国でGSIやSRIのような独立研究機関(コントラクト・リサーチ)が成立するのかの秘密がここにあります。ハイテク・ベンチャーの活性度が日米で大きく違うのは当然です。
最後に、日米の国家技術戦略における、もうひとつの隠れた根本的相違を挙げてみます。
(5)日本の科学技術政策は、サラリーマンにすぎない科学技術系官僚(自分がリスクをとるのを避けようとする人たち)が、科学技術専門家(主に大学教授)を委員(薄謝で調達)にしてその答申をベースにとりまとめ、国会で政治家の承認を受けるという形式(究極の無責任体制)がとられる。一方、米国では国家技術戦略立案に関して、米国連邦政府の諜報機関や国家戦略立案シンクタンクに多額の出資する民間財団が存在し、国家技術戦略に必要な情報収集と調査分析に多額の費用をかける体制ができあがっている。ただし、米国の国家技術戦略はその財団への出資者の意向に沿う傾向となる。このように米国では国家技術戦略の諜報活動(インテリジェンス活動)にかけるコストが膨大であるが、この部分が日本では欠落している。
以上のように国防に直結する国家技術戦略のインテリジェンス活動(表に出ない予算で行われる活動)にかける予算が日米で大きく異なるわけです。ハイテク国際競争力において日米間で絶望的な差がつくのは当然です。
(やまもと・ひさとし)
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注1:ベンチャー革命No.249『日本の万能細胞研究:甘くない米国覇権主義者』2007年11月27日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr249.htm
注2:山本尚利、寺本義也『日本企業に求められる先端技術のR&D戦略』早稲田大学ビジネススクール・レビュー、第3号、2006年1月
注3:なぜ国家的に重要なハイリスク研究開発は公的資金投資が必須になるかというと、収益志向の民間研究開発投資になじまないからである。
注4:米国における戦略的覇権技術と一般科学技術の公的研究開発予算の構成比はおよそ7対3くらいである。
注5:米国の国防総省は国家安全保障と国益護持をミッションとする国家組織であり、その下部組織である軍隊は国防ミッション遂行の手段として位置づけられている。この思想から国益に直結する国家技術戦略は当然、国防総省の重要ミッションとなる。
15
4月
山本尚利
1.マイクロソフトのヤフー買収攻勢強まる
2008年4月11日付け、日本経済新聞に、マイクロソフトのヤフー買収計画の記事が掲載されました。同報道によれば、ヤフーの背後に、グーグル、AOL、タイムワーナーがつき、マイクロソフトの背後にニューズ・コーポがついているようです。このバトル構造は90年代後半から起きたジム・クラークとビル・ゲイツのバトルの延長戦の様相を呈してきました。拙著、MOT技術戦略(2003年)ではインターネット覇権をめぐるジム・クラークとビル・ゲイツとの決闘(バトル)について触れています(注1)。
ジム・クラーク(元スタンフォード大教授)は1994年、シリコンバレーにて、アップルのマックOS、サンマイクロシステムズのJava言語の環境にてインターネットを動かすブラウザー・ソフトの開発企業、ネットスケープ・コミュニケーションズをマーク・アンドリーセンとともに立ち上げました。マークはイリノイ大NCSA(National Center for Supercomputing Applications)でモザイク・ソフト(ブラウザー・ソフトの原型)を開発していた研究者です。NCSAの研究者は別途、1998年、スパイグラスというベンチャーを立ち上げ、モザイク・ソフトのライセンシングを行っていました。ビル・ゲイツ率いるマイクロソフトのインターネット エクスプローラはスパイグラスからのライセンスを元に生まれたソフトです(注2)。
90年代末、マイクロソフトのOS、ウィンドウズにインターネット エクスプローラが標準搭載され世界市場を席巻、今では、ネットスケープは市場から駆逐されて、ほとんど使われていません。90年代半ば以降、筆者はSRI(元スタンフォード大付属研究所)にてネットスケープを使っていましたが・・・。インターネットのブラウザー・ソフトでビルに追い越されたジムの恨みは想像を絶するでしょう。ちなみに、ネットスケープはその後、経営悪化でAOL(後にタイムワーナーと合併)に買収されました。その意味で、上記、買収劇におけるヤフー陣営の黒幕はジム・クラークではないかと推察されます。ちなみに、このジム・クラークこそ、世界で初めてインターネットの事業化に成功した歴史に残るシリコンバレーのヒーローです。
2.ビル・ゲイツにやられ放しのジム・クラーク
ビル・ゲイツが買収しようとしているヤフーは、ジム・クラークのネットスケープでインターネットを立ち上げたときのポータル・サイトを運営していたベンチャーです。ヤフーは当初、インクトミの検索エンジンを使用していましたが、途中、インクトミのライバル、グーグルに切り替えました。その後、ヤフーはインクトミを買収して自社の検索エンジンを開発、2004年にグーグルの検索エンジンをヤフーサイトからはずしたのですが、その後、独立したグーグルはヤフーのライバルに成長、2008年現在、結果的にグーグルがヤフーより巨大化してしまったわけです。
このような歴史から、ヤフーもグーグルも同じ穴のムジナであり、ジム・クラークのチルドレン・ベンチャーと位置づけられます。だからこそ、マイクロソフトのヤフー買収攻略に対抗して、グーグルがヤフー陣営についているのだと思います。もし、ヤフーがマイクロソフトに取られたら、ジム・クラークは死んでも死に切れない心理状態に追い込まれるはずです。なぜでしょうか。まず、90年代半ば、マイクロソフトのウィンドウズOS攻勢によって、ジムと関係深いアップルのOSが市場から駆逐されています。次にジムの興したネットスケープも上記のように90年代末、ウィンドウズ・マシン(デファクトOS)へのインターネット エクスプローラの出荷前搭載戦法によって駆逐されました。さらに2002年、ジムの仲間であるスコット・マクネリーらの創業したサンマイクロシステムズの起した、マイクロソフトに対する独禁法訴訟も2004年、19.5億ドル(2100億円)で示談・和解が成立、サンはマイクロソフトに取り込まれてしまいました。そして、今回のマイクロソフトのヤフー買収攻略です。もし、今度ヤフーが取られたら、ジムにとって4戦連敗となります。
3.根の深いジム・クラークとビル・ゲイツのバトル
90年代末、インターネット時代にいったん後手を引いたビル・ゲイツは、何とかスタンフォード大学(インターネットのメッカ)に食い込もうと、多額の寄付を行っています。その証拠にスタンフォード大学の工学部キャンパスには、ビル・ゲイツやポール・アレン(ビルの片腕)の名を冠したビルが建っています。90年代末、ジム・クラークはスタンフォード大に、なんと1億5千万ドル(約160億円)もの寄付を行っています。この巨額寄付を仲介した、ジムの盟友、ジョン・ヘネシー教授は、その功績で学長に出世しました。当初、筆者はなぜ、ジムがこれほど巨額の寄付をしたか、実に不思議でしたが、ジムの宿敵、ビル・ゲイツのスタンフォード大学への接近(アクセス)を阻止するためだっ
たのではないかと憶測しています。
ところで、インターネット技術体系はユタ州・国防総省人脈の成果であるといわれています(注3)。ジム・クラークはその中核的存在です。その証拠に、インターネットの前身、アーパネットの世界初の実験が1969年に行われたのは、筆者の所属したSRI、およびユタ大学、カリフォルニア大学(UCSB、UCLA)の大学間ネットワークでした(注4)。ユタ州といえば、ソルトレークシティ、そしてモルモン教総本山所在地です。SRI元幹部、ポール・ジョーゲンセンもモルモン教徒でした。
スタンフォード大学キャンパスの中心にはキリスト教の教会が建っています。大学全体が南欧スペイン様式建築物なので、カトリック系のようにみえます。ジムからすれば、キリスト教聖地であるスタンフォード大学キャンパスにビル・ゲイツ(反キリスト教系人物)が接近(アクセス)することは、カトリックの総本山バチカンの二の舞になると恐れたのではないでしょうか(注5、注6)。
4.ジムとビルの対立の背景
ところで、米国の1ドル札にはピラミッドとルシファーの眼が図柄化されていますが、それは、米ドルが米国連邦準備理事会(FRB)を支配している世界的寡頭勢力のコントロール下にあることを暗示しているといわれています。彼らの秘密組織はイルミナティと呼ばれますが、ルシファーの眼は紛れもなくそのシンボルです。マイクロソフトのビル・ゲイツは、イルミナティの中でも上位階級にランクされるバーバリアン・イルミナティ出身といわれています。
ビルは毎年スイスで行われるダボス会議(ダボス会議はイルミナティの非公開ビルダーバーグ会議の対外カムフラージュ機能と思われる)の要職を務めていることからそれが窺えます。もし、ビルが真にイルミナティ・メンバーなら、ビル・ゲイツは反キリスト教系の人物ということになります。
1963年に暗殺されたケネディ大統領は、寡頭勢力に私物化されているFRBの国有化を目指していました。彼の生前の演説記録によれば、彼はFRBを所有する寡頭勢力をSecret Societyと呼んで徹底批判しています。ケネディ家祖先はアイルランド移民であり、アイルランドはカトリック系国家です。一方、ケネディ的正義漢のジム・クラークは恐らく、伝統的WASP(アングロサクソン系プロテスタント)で、ケネディ大統領を英雄視する伝統的国防総省人脈の系列でしょう。その意味でジム・クラークはイルミナティ(反キリスト教組織)とは敵対する可能性があります。ちなみに、2001年初頭、ブッシュ政権になって、ネオコン(イルミナティに利用されている過激なシオニスト集団)に国防総省が一時、乗っ取られ、9.11事件はその間に起きています。
ヤフー買収作戦に関して、マイクロソフト陣営に就いているルパート・マードックは、恐らく、イルミナティにおける人脈からビルに要請されて登場していると推測されます。マードックといえば1996年、ヤフー設立に貢献したソフトバンクの孫正義氏とタッグを組んで、テレビ朝日の買収を仕掛けた人物(世界のメディア王)です。ヤフー陣営の後見人、タイムワーナーのオーナー、テッド・ターナーに対抗して登場しているのでしょう。米国のマスメディアはことごとく、FRBを私有する寡頭勢力に間接支配されているといわれています。マードックは少なくとも、寡頭勢力の番頭的存在です。今、彼はマイスペースなど先端的なネット企業までも買収し始めています。ヤフー陣営も所詮、マードックやターナーを通じて寡頭勢力の掌にあるとすれば、孤軍奮闘のジム・クラークも勝ち目がないのかと、絶望的になります。
(やまもと・ひさとし)
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注1:山本尚利[2003]『MOTアドバンスト:技術戦略』日本能率協会マネジメントセンター、306ページ
注2:山本尚利[2000]『米国ベンチャー成功事例集』アーバンプロデュース
注3:ユタ州・国防省人脈、http://www.akashic-record.com/y2k/utah2.html
注4:SRIインターナショナルHP、http://www.sri.com/about/timeline/timeline2.html
注5:ベンチャー革命No.194『ソニー映画“ダヴィンチコード”のインパクト』2006年5月21日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr194.htm
注6:ベンチャー革命No.195『裏切り者ジャップ:キッシンジャー語録』2006年5月28日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr195.htm
3
4月
山本尚利1.東芝WH(ウェスティングハウス)、原発受注成功3兆円超2008年4月3日付け日本経済新聞にスクープ記事が掲載されました。東芝WHが米国電力会社から4基の原発(PWR:加圧水型原子炉)を1兆4000億円(主契約者WH)で受注したそうです。同報道によれば、東芝はすでに米国で2基の原発(BWR:沸騰水型原子炉)を8000億円で受注し、中国でもPWR4基(1兆円)を受注しており、合計受注残は3兆円をはるかに超えます。いずれにしてもめでたい(?)ニュースではあります。さて筆者は1994年より8年間、東芝の技術系新任部長向けに技術戦略(技術経営MOTの方法論)の講師を務めたキャリアがあります。1994年当時の東芝は、原子力発電プラントをエネルギー事業本部で対応していましたが、非常に優秀な人材が豊富にいたと記憶しています。なお、東芝の原発は元々GE(General Electric)開発のBWRで東京電力が採用。筆者が1970年より86年まで勤務したIHI(石川島播磨重工業)は東芝のサブコン(サブコントラクター)として原子炉格納圧力容器を製造していました。元経団連会長の土光敏夫がIHI社長から東芝社長に転出したこともあって、BWR原発建設プロジェクトは東芝―IHIコンソーシアムで行われてきました。両社の原子力機器製造工場も横浜磯子地区に立地しています。
東芝はGEの日本支部と思われるほど伝統的にGEとの縁が深いわけですが、2006年、GEのライバル、WHのPWR原発事業部門を6400億円(出資比率:東芝77%、IHI3%、米国ショー20%)という高値で買収しています(注1)。
当然、GEとは円満に折り合いをつけた上でのWH買収ディールだったのでしょう。当時のWH(原発事業部門)の企業価値の市場相場は高くて2000億円といわれており、WH買収に資本参加予定だった丸紅は、WHが相場の3倍以上の高値となったためか、資本参加をドタキャンしています。
2.大正解か? 東芝西田社長の抜擢人事
さて上記の日経スクープ報道が事実なら、2006年のWH買収で大勝負に出た東芝西田厚聰社長の読みはズバリ的中したことになります。同社長は、2008年2月、高精細のHD-DVD事業から潔く撤退しており、証券市場の専門家筋から高い評価を受けました(注2)。日本企業をコントロールしようとする米国覇権主義者は特定の日本企業に覇権技術が集中するのを嫌ったとも受け取れます。つまり東芝のWH買収を認める代わり、DVDはソニーに譲れということです。
ところで西田社長のように戦略事業からの撤退発表で男を挙げる社長も珍しいですが、同社長はこれまでのサラリーマン社長とは一味違う、日本人離れした大物社長にみえます。西田社長は東芝のイラン・テヘラン事務所にローカル採用された人物であり、東芝の保守本流を歩んできたエリートではありません。その同氏を思い切って社長に抜擢した東芝経営陣はたいしたものです。
ちなみにかつての東芝は上記の土光社長人事のように、格下企業(IHIには失礼ながら)からでも社長を受け入れたり、あるいは筆者のような格下IHI出身の講師を受け入れた実績があります。普通の伝統的日本企業なら一般的に、ローカル採用されたプロパー人材がどれほど優秀で、どれほどの功績を挙げても、本社の社長まで登りつめることは到底、考えられません。たとえ、前社長が後継者として、
そのような人材を抜擢しようとしても、社内の反対が強くて、結局、実現しないのが常です。
西田社長就任は10年前の東芝(あるいは現在の一般的日本企業)では想像もつかない人事です。かつて、総合電機会社のケミカル事業部門という傍流から抜擢されたGEの名社長、ジャック・ウェルチを彷彿とさせます。伝統的に東芝幹部はGEの経営精神に強く影響されているので、このような抜擢人事を容認する企業体質が醸成されていたと思われます。筆者も東芝のMOT講師時代、日本とまったく異なる米国流のトップ人材昇進基準を紹介していました。ちなみにポスト福井の日銀総裁人事で、二度までも、財務省(元大蔵省)事務次官経験者を推した財務省体質(注3)とは対極を成します。
3.東芝の米原発受注のリスク
東芝の米原発受注1.4兆円というおめでたいニュースに水をさすようで申し訳ありませんが、本ニュースは手放しで喜べない面があります。東芝は、おそらく覚悟の上で、米国の国家エネルギー戦略転換という大きなお釈迦様の掌に取り込まれたとみなせます。筆者には、すべてが米国覇権主義者のシナリオどおりに進んでいるようにみえます。
2008年4月3日、東芝の1.4兆円の米原発大型受注ニュースとアル・ゴア元米副大統領の300億円の地球環境キャンペーン発表ニュースは、すべて21世紀の米国家エネルギー戦略の一環とみなすべきでしょう。また昨今の原油1バーレル100ドル突破シナリオも決して偶然の産物ではありません(注4)。きわめて戦略的で計画的な事象のようにみえます。
筆者は日本の電力業界の仕事で、1993年から2001年まで続いたビル・クリントン民主党政権時代の米国電力事情を長期に渡って調査した経験を有しています。90年代の米国は原発を廃止する方向に動いていました。確かニューヨーク州ロングアイランド(富裕層住宅地)では新設の原発が地域住民の反対で運転しないまま廃止されたと記憶しています。多くの米電力会社は、所有する原発の売却に走り、一方、フィラデルフィアの電力会社のように全米に分散する原発を安値で買いあさる、あまのじゃく的電力会社もありました。WHの立地するピッツバーグのWH工場はほとんど閉鎖か、売却の運命でした。
その間、ブッシュ政権誕生に功績のあったエンロンなどは、天然ガスを安く売りさばき、米国の原発市場を苦境に陥れていました。米国覇権主義者は、2001年、ブッシュ政権誕生とともに、国家エネルギー戦略を大きく転換しました。用意周到に原油高騰シナリオと原発復活シナリオ(今後20年で30基の原発建設)が計画され、今日に至っています。筆者のみるところ、日本企業である東芝にWHを買収
させた理由は、米国より進んだ日本の原発技術の取り込みと奪回ではないかとにらんでいます。原発建設工事において彼らは、当面、東芝、日立、三菱重工など日本企業を下請け化するつもりでしょう。
そして近未来、用済みとなったら、日本企業はポイ捨てされるリスクがあります。さもなければ、日本の原発技術をさんざん搾り取った挙句、訴訟攻撃を企画されて、最後は身ぐるみ剥がされるという最悪シナリオすらも想定されます。
4.米原発の建設資金の調達方法は?
上記の日経記事には、米電力会社は原発建設資金をどのように調達しようとしているかが報道されていません。この点が非常に気になります。日本の東電は世界最大の電力会社です。電力規制緩和の進んだ米国にはこれほど大きい電力会社はありませんし、資金調達力も東電並みとは行かないでしょう。東芝は三井財閥系企業ですが、三井住友銀行など日本の金融機関からの融資が期待されているかもしれません。現在、米国の国際金融資本は、サブプライムローンの不良債権化で、軒並み大変な危機にあります。そのため投資回収できるかどうか不透明でリスクの高い原発プロジェクトに嬉々として融資するとはとても考えられません。
一般論では、海外の大型プラント案件は東芝に限らず、日本企業にとって極めてハイリスクです。失敗すれば、巨額の損失を被ります。米国市場のプラント案件は、中東市場のプラント案件に比べて、一見、カントリーリスクは低いようにみえますが、ドル基軸通貨危機に直面している昨今の米国市場のカントリーリスクは結構高いと思われます。しかしながら、日本企業がグローバル市場で勝ち残るために、カントリーリスクを恐れてはいられないのも確かです。
(やまもと・ひさとし)
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注1:ベンチャー革命No.186『東芝のWH買収:高い買い物か?』2006年2月9日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr186.htm
注2:ベンチャー革命No.253『東芝のHD-DVD撤退:織り込み済みのシナリオ』2008年2月17日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr253.htm
注3:ベンチャー革命No.255『円高、イラン戦争と関係する?日銀総裁人事の行方』2008年3月16日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/melma.htm
注4:ベンチャー革命No.252『石油・穀物・防衛の国家戦略見直し急務』2008年1月27日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr252.htm