山本尚利
1.米国オバマ政権の目玉:グリーン・ニューディール政策
2009年3月19日、NHKにて米国のグリーン・ニューディール政策の特集番組が放映されました。この政策は周知のように米国オバマ大統領の米国産業再生の目玉となっています。NHKは、米国同様にエネルギー・環境技術が日本の景気回復の目玉になるというスタンスでこの番組を企画したようです。
この番組で現在の米国でどのような社会システム革新の研究が行われているか、よくわかりました。筆者はクリントン政権時代の1993年~2001年に米国の電力規制緩和と環境規制の調査に従事しており、米国のエネルギー・環境技術動向を調査してきました。2001年1月、ブッシュ・ジュニア政権誕生とともに、クリントン政権時代に環境運動家出身のアル・ゴア副大統領の主導した環境規制は完全否定されてしまいました。2009年1月、オバマ政権誕生とともに、アル・ゴア時代が再び蘇る勢いです。ただエネルギー技術開発に関して、ブッシュ政権は脱石油時代到来を見越して原子力発電技術の再興に注力しました。クリントン政権時代の米国原子力発電は逆境にあり、技術進歩が止まっていました。 米国の軍事覇権にサポートされたブッシュ政権は、原子力技術を国家覇権技術と位置づけ、米国の原子力発電技術の再興を目指したのです(注1)。2006年、東芝がウェスティングハウス(米国の重電機メーカー)の原子力事業部門を買収するのを米国覇権主義者が許したのは、日本に追い越された原子力発電技術(とりわけ製造技術)を再度、取り込むためではないかと筆者はにらんでいます(注2)。
2.米国のエネルギー・環境技術力(グリーン技術力)をみくびってはいけない
オバマ政権はクリントン時代、ブッシュ時代を通じて、長期的に行われてきた米国のエネルギー・環境技術開発を踏襲しています。NHKは、エネルギー・環境技術に関して、今日、米国より日本の方が進んでいるかのような前提で番組を放映していましたが、筆者の経験では、米国のエネルギー・環境技術が日本より後れを取っているとは言えません。このような誤った認識を国民に植え付けると、戦前の日本と同じく、大きな過ちを犯す危険があります。
まず、電気自動車(EV)に関して、筆者の勤務したSRIインターナショナル(元スタンフォード大学付属研究所)はすでに1984年にEVに関する大規模な調査を行っています。トヨタの開発したハイブリッド・カーのコンセプトもこのレポートに入っています。またSRIの研究所内では筆者が所属した1986年にはEVが移動手段に使用されていました。次にリチウム電池に関しても、GMの系列、デルファイが早くから研究していました。米国ではリチウムポリマー電池(安全性の高いシート状の固体電池)の開発が進んでいました。また米国ではITを活用した発電事業者間のリアルタイム電力取引も行われていましたし、ITベースのDSM(Demand Side Management、電力需要の最適制御)も行われていました。2001年に破綻したエンロンは電力取引のイーコマースを手がけていました。
NHKが紹介したように、EVを軸にした社会システム革新のコンセプトが米国で進んでいるのは、上記のようにその下地がすでにできているからです。オバマ政権になって唐突に出てきたものではありません。自動車社会の米国では世界に先駆けて、オバマ政権時代に本格的EVインフラが実現しそうです。米国の中でもEVインフラの先陣を切るのはカリフォルニア州でしょう。とくにロサンゼルスの大気汚染は限界に来ています。
3.グリーン技術は米国や日本の経済再生の原動力となるか
80年代の構造不況に悩んだ米国はクリントン時代のNII(情報スーパーハイウェイ構想)政策によって、90年代に見事に経済再生を果たしたのは記憶に新しいところです。それではオバマ政権のグリーン・ニューディール政策(GND)は90年代のNIIのように、2010年代米国の経済再生に貢献できるでしょうか。筆者の見方は残念ながらネガティブです。 かつて日本の通産省はサンシャイン計画(新エネルギー開発)とムーンライト計画(エネルギー貯蔵や環境技術開発)という国家プロジェクトを産官学で行っていましたが、これは実に的を射た命名でした。サンシャイン・プロジェクトは産業界にとって優先的技術投資課題となりえますが、ムーライト・プロジェクトは副次的な技術投資課題となりがちで、投資優先度が後回しになります。たとえば、中国の環境対策が遅れているのはサンシャイン投資(発電所建設)で精一杯、ムーライト投資(環境対策)の余裕がないからです。60年代高度成長期の公害日本も同様でした。
オバマ政権のグリーン技術は、どちらかといえば、ムーンライトのカテゴリーに該当します。要するに、自ら光らない月明かり(グリーンライト)なのです。クリントン時代のNIIはインターネットを普及させ、一大IT社会を米国のみならず世界規模で実現させる原動力がありました。しかもNIIによるIT社会は資本主義原理の下で自律発展するメカニズムを有していました。一方、GNDは自律発展するメカニズムがNIIに比して圧倒的に不足しています。GNDが自律発展する条件、それは石油価格の上昇にあります。原油価格が200ドル/バレルのレベルに達しない限りGNDは短期的には成功しても、長期的に米国経済再生の原動力にはなりにくいでしょう。この点は日本にも当てはまります。しかしながら原油価格が200ドルレベルに達したからといって、再生エネルギーが国家エネルギーの主力になる可能性は極めて低いわけです。
その観点からGNDによるグリーン技術投資にあまり期待することはできません。近未来、原油が200ドルになったとして、CO2の削減に大きく寄与するのは再生エネルギー(太陽光発電や風力発電などでムーンライトのカテゴリー)ではなく、やはり原子力(サンシャインのカテゴリー)でしょう。ただし、原子力はCO2を出さない代わりに放射性廃棄物を出します。その意味で原子力は石油や石炭と同様、地球環境にとってハイリスクなエネルギー源です。 ところで米国NIC(国家情報評議会)の2025年予測レポート(2008年11月発行、SRIも予測に協力)の中でも、2025年までの主力エネルギーは石油であると述べられています。近未来、オバマ政権が米国社会をEV化できたとしても、その一次エネルギー源における再生エネルギーの寄与はマイナーであるということです。
4.グリーン技術に優先する日本国家の戦略技術とは
NHKの番組をみて、グリーン技術が日本の不況脱出の救世主となると期待するのは危険です。グリーン技術は、別途、光源がないと光らないということを忘れてはなりません。オバマ政権の中枢はこのことを十分認識しているでしょう。GND政策は金融システムの崩壊で落ち込んだ米国民を勇気付けるための一時しのぎです。つまりGNDは米国にとっても本来、国家技術戦略上の最優先投資課題となりえません。なぜならグリーン技術産業は半永久的に国家が補助していかなくては成り立たないからです。たとえば太陽光発電システムの普及に国家補助は不可欠です。その意味で太陽光発電は経済性の観点から資本主義社会では原子力発電や化石燃料発電に絶対に勝てないのです。
一次エネルギー資源も一次食糧資源も不足する日本ではなおさらのこと、グリーン技術は国家的最優先投資課題とはなりえません。まずエネルギー・環境分野で日本が最優先すべき技術投資課題は、やはり日本海域の石油・天然ガス資源の自前開発であり、原子力発電技術のさらなる自前開発です。エネルギー・環境分野以外でさらにいえば、日本周辺の極東脅威に対抗する防衛技術の自前開発、自給食糧資源の自前開発がグリーン技術よりはるかに優先します。これらの国家存立課題が達成されて初めて、グリーン技術を開発する余裕がでます。 国家技術戦略上、この優先順位を間違えると天然資源も防衛力も乏しい日本国家の存立自体が危うくなります。国家存立基盤を支える戦略技術課題は日本人の生存に直結しますが、グリーン技術は日本国民の生存が保障された後に重要となります。
一方、米国は、自国内に十分な天然資源(石油、石炭、天然ガス、穀物)を有し、世界最強の軍事防衛力を有しているからこそ、グリーン技術投資に進めるのです。日本とは国家存立基盤がまったく異なることを忘れてはいけません。何でもかんでも米国の後追いすることが正しいとは限りません。NHKの上記番組関係者はそのことがわかっているのでしょうか、大変疑問です。
(やまもと・ひさとし)
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注1:山本尚利[2003]『日米技術覇権戦争』光文社、52ページ
注2:山本尚利[2008]『情報と技術を管理され続ける日本』ビジネス社、221ページ