山本尚利

1.高額納税者の変遷
 2002年5月16日付、日経新聞夕刊に、高額納税者トップ100人の所得内訳の歴史が載っています。1991年度は86%が土地譲渡所得、12%が株売却益であり、なんと合計98%が労所得者という内訳でした。ところが2001年度は土地が14%、株が27%、ストックオプョン7%、残り52%がその他(事業所得者など)です。
 この10年は「失われた10年」とよく言われますが、高額納税者特性に関する限り「正常化の10年」と言えます。2001年度高額納税者は、新興事業家やベンチャー創業者が多いのが特徴です。これはすばらしいことです。土地長者がトップランキングされるより、よほど健全な現象です。日本の金融機関は毎年100兆円規模の不良債権に悩まされてきましたが、他方80年代、運良く巨額の不労所得に恵まれた日本人(都市近郊農家など)も大勢存在します。日本の不動産価値や株価は大幅に下がったものの、国民預貯金が日本から消えてなくなったわけではありません。国民預貯金1470兆円マイナス国家債務693兆円イコール777兆円は確実に日本に存在します。幸い対外債務もありません。対外債務超過のアルゼンチンと違い日本はまだ一縷の望みはあります。
 2001年度高額納税者ランキングを見ていて疑問が湧いてきました。これほど新興事業家やベンチャー創業者の成功事例が多発しているのに、なぜ日本の景気が上向かないのかと。それともこの変化の兆候は数年後に出てくるのかと。もしそうなら、新興事業家主流の高額納税者番付は明るい兆候かと希望が湧いてきます。米国では、ビル・ゲイツやジム・クラークのようなハイテクベンチャー成功者が多発しているのに、日本では消費者金融やパチンコなど、ニッチマーケットの成功事例が多いという特徴が見られますが、この際贅沢は言いません。日本再生にはとにかく成功ベンチャーの多発が必要です。

2.今の大企業経営者は何している?
 1970年代は松下幸之助とかブリヂストンの石橋家とか、大正製薬の上原家など大企業のオーナーが所得番付の上位にあるのが通例でした。当時の高額所得者の多くは日本の大企業社長でしたが、総じてたたきあげのベンチャー創業者であり、功成り遂げて保有自社株の配当所得で長者番付常連となっていました。戦後の日本とは、丁稚奉公からがんばれば誰でも日本一の大金持ちになれる「機会均等の平和的民主主義国」であるとみんな信じていました。そして松下幸之助や本田宗一郎に代表される「健全なサクセス・ストーリー」が筆者と同世代の若者を強く刺激していました。ところが80年代の高額所得者は、企業オーナーから不動産王に移ってしまいました。この頃、一生まじめに働いても、ちっぽけな一戸建てマイホームすら買えない社会となってしまいました。80年代日本企業の多くはまだ過去の余韻で絶好調でしたが、そこで働くサラリーマンは既に重い住宅ローンに苦しめられていたわけです。ローンの重圧で遮ニ無ニ働かざるを得なかったと言った方が正しい。その結果、90年代初頭、日本は経済大国(スイス・ビジネススクールIMD国際競争力ランキング世界一)となり、一時世界中から垂涎の的となりました。ところがその頃すでに、日本は深刻な病魔に襲われていたのです。サラリーマンはとっくに疲弊し切っていたのです。
 このとき、大規模な経営者世代交代があれば、今のIMDランキングは30位よりマシだったでしょう。筆者はその頃日経新聞産業部に行って経営者世代交代のキャンペーンをするよう訴えたことがありますが、無視されました。ところで2002年現在、高額納税者のトップランキングに一流大企業社長が載ることはほとんどありません。現在の日本の大企業サラリーマン社長は一様に元気がなく、自信がなさそうです。不祥事も頻発し始めました。一部を除き日本企業のブランド力も落ちる一方です。それに比して現在の高額納税者ランキングに載る事業家の多くは、失礼ながら学校秀才ではなさそうです。どちらかと言えば、裏街道で成功した努力の人たちのように見えます。反対に学校秀才の巣窟である中央官庁や護送船団大企業の幹部は「無様の連続」です。皮肉にもなんと鮮やかな対比を示していることでしょうか。何はともあれ、これは将来の日本にとって非常に好ましい現象です。日本の若者は今、貴重なベンチマーキングを行うことができます。彼等は「熾烈なる受験勉強、ブランド大学卒、ブランド官庁あるいはブランド企業の高給サラリーマン」という既成の人生シナリオの抜本的見直しを迫られているのです。2001年度高額納税者ランキングは如実にその回答を突き付けています。

3.囚人のジレンマ

 最近の政官業における日本指導層のあまりの「無様さ」を見ていると、逆説的ですが、日本に明るい希望が湧いてきたと痛感(?)します。彼等は実態を露呈することによって日本の若者に強烈な意識改革を迫っているのです。信じられないほど、すばらしい反面教師を演じてくれています。長い事エリートと崇められてきた人達は、人事権だけはやたら振りまわすくせに、自己責任リスクからは逃げて逃げて逃げまくり、自分だけ救われよう救われようと、もがけばもがくほど底無し沼に嵌っていったのです。まさに囚人のジレンマそのものです。端からみていると滑稽なくらいです。しつこいほどのマスコミの報道は、多くの若手秀才が真剣に目指す人生ゴールの延長線上に何が待っているかを如実に見せてくれているわけです。
 最近のTVニュースの映像は凄い。毎日しきりに言い訳する日本の伝統エリート(?)の顔と、欧米で活躍するプロスポーツ選手の顔、そしてアジアの若者に熱狂的に支持される日本の歌姫の顔を連日比較して見せてくれます。現実を言えば日本の伝統エリートはかつて世界一と言われた日本の国際ブランド格付けを著しく傷つけるばかりです。そのせいでIMDランキングが瞬く間に1位から30位まで下がってしまいました。それを必死で挽回しているのは、イチローであり、浜崎あゆみなど国際化した日本の若手プロ成功者です。日本の小学生がプロ野球選手やプロ歌手に憧れるのは無理もありません。子供なりにプロとアマ(サラリーマン)の格差を敏感に嗅ぎ取っています。一昨年も日本のプロサッカー選手の中田(当時在イタリア)は、イタリアを訪問した森首相との会見の席上で首相に媚びを売るでもなく毅然としていました。(首相?それがどうした、So What? という態度)また最近日本を訪問したブッシュ大統領と会見した宇多田ヒカルの堂々とした応対。(ちょっと病気したら3000万件のHPアクセスに自民党議員も仰天)それに比べ昨年キャンプデービッドに招待された小泉首相のなんとぎこちない態度と比べても、日本の未来がクッキリ見えてきます。一体全体、どちらが本物の国益外交しているのかと言いたい!。
 昨今、日本の国家ブランド価値を引きずり落とす事件の頻発で、その国益損失は図りしれません。(30位よりまだ堕落するのか?)結局はトヨタやホンダやソニーなどの貴重なる国際ブランド価値をも、随伴的に下げることにつながります。幸か不幸か欧米の子供たちはトヨタやホンダやソニーが日本ブランドであることすら知らないようですが、とにかく、日本のブランド価値の損失は非常に痛い。日本の国際ブランド企業の幹部は連名で何らかの抗議意思表示を行うべきです。日本人旅行者が外国のホテルでぶっきらぼうに応対されたり、レストランで隅のテーブルに案内されるくらいはまだ我慢しますから。
(やまもと・ひさとし)