小野 正人
ご存知のとおり、ゼネラル・モータースが苦境に陥っています。 GMといえば、今はガソリンを食うばかりでアメリカン・フードみたいな味気の無い車ばかりどんどん作る巨大自動車メーカーという印象で語られますが、昔は凄い会社でした。 ウィリアム・デュラント(彼も馬車製造会社を一代で築いて20世紀初頭に国内のトップメーカーにまで押し上げ、その後1904年に倒産の淵にあったビュイック・モーター・カンパニーの経営権を掌握して4年後にはアメリカを代表する自動車メーカーに再生した偉人。今ならカルロス・ゴーンか。)によって組織され、後にアルフレッド・スローンによって経営基盤が確立され、フォードを抜いて世界最大のメーカーとなりました。
経営方針は「どんな予算でも、どんな目的でも」。GMは複数のブランドを所有し、北米では最下段にシボレー(1990年にはサターンも登場)、最上段にキャディラックを置いて、巧妙なマーケティングと、それに直結したスタイリング戦略で衆目を引き続け、業界シェアナンバー・ワンであり続けました。まさに「デトロイトの巨人」、アメ車といえばGMでした。
しかし、創成期のGMには苦難がありました。創業者のデュラントは私財を投入して事業拡大に邁進しすぎていた。そこに来て、アメリカが不況に突入すると、デュラントの個人資産の方が持たなくなってきた。デュポンが救済に乗り出すとともに、起業家デュラントは社長退任へと追い込まれたのです。
アルフレッド・スローンの名著「GMとともに」を読むと、以下がポイントだったと思われます。
・デュラントは多品種量産型の自動車会社を考えていた。
・デュラントは技術革新で経営権を持った。
・しかし、会社は大きくなっても、経営や管理については何もなかった。
・結局、景気の変動に左右されて、会社が危機に陥った。
そして、この危機を克服する運命的な場面に、スローンが経営者として登場し、今では世界経営史上一番のコンサルタントといわれるピーター・ドラッカーが助言するという(諸葛孔明のような軍師だったようです)コンビを組み、その後GMの経営技術は非常に進歩していったわけです。 起業家の退場、そしてその後は実務家の登場です。現代であれば先端ベンチャー企業が課題を乗り越えて大発展する姿を見るようです。
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