山本尚利1.東芝WH(ウェスティングハウス)、原発受注成功3兆円超2008年4月3日付け日本経済新聞にスクープ記事が掲載されました。東芝WHが米国電力会社から4基の原発(PWR:加圧水型原子炉)を1兆4000億円(主契約者WH)で受注したそうです。同報道によれば、東芝はすでに米国で2基の原発(BWR:沸騰水型原子炉)を8000億円で受注し、中国でもPWR4基(1兆円)を受注しており、合計受注残は3兆円をはるかに超えます。いずれにしてもめでたい(?)ニュースではあります。さて筆者は1994年より8年間、東芝の技術系新任部長向けに技術戦略(技術経営MOTの方法論)の講師を務めたキャリアがあります。1994年当時の東芝は、原子力発電プラントをエネルギー事業本部で対応していましたが、非常に優秀な人材が豊富にいたと記憶しています。なお、東芝の原発は元々GE(General Electric)開発のBWRで東京電力が採用。筆者が1970年より86年まで勤務したIHI(石川島播磨重工業)は東芝のサブコン(サブコントラクター)として原子炉格納圧力容器を製造していました。元経団連会長の土光敏夫がIHI社長から東芝社長に転出したこともあって、BWR原発建設プロジェクトは東芝―IHIコンソーシアムで行われてきました。両社の原子力機器製造工場も横浜磯子地区に立地しています。
東芝はGEの日本支部と思われるほど伝統的にGEとの縁が深いわけですが、2006年、GEのライバル、WHのPWR原発事業部門を6400億円(出資比率:東芝77%、IHI3%、米国ショー20%)という高値で買収しています(注1)。
当然、GEとは円満に折り合いをつけた上でのWH買収ディールだったのでしょう。当時のWH(原発事業部門)の企業価値の市場相場は高くて2000億円といわれており、WH買収に資本参加予定だった丸紅は、WHが相場の3倍以上の高値となったためか、資本参加をドタキャンしています。
2.大正解か? 東芝西田社長の抜擢人事
さて上記の日経スクープ報道が事実なら、2006年のWH買収で大勝負に出た東芝西田厚聰社長の読みはズバリ的中したことになります。同社長は、2008年2月、高精細のHD-DVD事業から潔く撤退しており、証券市場の専門家筋から高い評価を受けました(注2)。日本企業をコントロールしようとする米国覇権主義者は特定の日本企業に覇権技術が集中するのを嫌ったとも受け取れます。つまり東芝のWH買収を認める代わり、DVDはソニーに譲れということです。
ところで西田社長のように戦略事業からの撤退発表で男を挙げる社長も珍しいですが、同社長はこれまでのサラリーマン社長とは一味違う、日本人離れした大物社長にみえます。西田社長は東芝のイラン・テヘラン事務所にローカル採用された人物であり、東芝の保守本流を歩んできたエリートではありません。その同氏を思い切って社長に抜擢した東芝経営陣はたいしたものです。
ちなみにかつての東芝は上記の土光社長人事のように、格下企業(IHIには失礼ながら)からでも社長を受け入れたり、あるいは筆者のような格下IHI出身の講師を受け入れた実績があります。普通の伝統的日本企業なら一般的に、ローカル採用されたプロパー人材がどれほど優秀で、どれほどの功績を挙げても、本社の社長まで登りつめることは到底、考えられません。たとえ、前社長が後継者として、
そのような人材を抜擢しようとしても、社内の反対が強くて、結局、実現しないのが常です。
西田社長就任は10年前の東芝(あるいは現在の一般的日本企業)では想像もつかない人事です。かつて、総合電機会社のケミカル事業部門という傍流から抜擢されたGEの名社長、ジャック・ウェルチを彷彿とさせます。伝統的に東芝幹部はGEの経営精神に強く影響されているので、このような抜擢人事を容認する企業体質が醸成されていたと思われます。筆者も東芝のMOT講師時代、日本とまったく異なる米国流のトップ人材昇進基準を紹介していました。ちなみにポスト福井の日銀総裁人事で、二度までも、財務省(元大蔵省)事務次官経験者を推した財務省体質(注3)とは対極を成します。
3.東芝の米原発受注のリスク
東芝の米原発受注1.4兆円というおめでたいニュースに水をさすようで申し訳ありませんが、本ニュースは手放しで喜べない面があります。東芝は、おそらく覚悟の上で、米国の国家エネルギー戦略転換という大きなお釈迦様の掌に取り込まれたとみなせます。筆者には、すべてが米国覇権主義者のシナリオどおりに進んでいるようにみえます。
2008年4月3日、東芝の1.4兆円の米原発大型受注ニュースとアル・ゴア元米副大統領の300億円の地球環境キャンペーン発表ニュースは、すべて21世紀の米国家エネルギー戦略の一環とみなすべきでしょう。また昨今の原油1バーレル100ドル突破シナリオも決して偶然の産物ではありません(注4)。きわめて戦略的で計画的な事象のようにみえます。
筆者は日本の電力業界の仕事で、1993年から2001年まで続いたビル・クリントン民主党政権時代の米国電力事情を長期に渡って調査した経験を有しています。90年代の米国は原発を廃止する方向に動いていました。確かニューヨーク州ロングアイランド(富裕層住宅地)では新設の原発が地域住民の反対で運転しないまま廃止されたと記憶しています。多くの米電力会社は、所有する原発の売却に走り、一方、フィラデルフィアの電力会社のように全米に分散する原発を安値で買いあさる、あまのじゃく的電力会社もありました。WHの立地するピッツバーグのWH工場はほとんど閉鎖か、売却の運命でした。
その間、ブッシュ政権誕生に功績のあったエンロンなどは、天然ガスを安く売りさばき、米国の原発市場を苦境に陥れていました。米国覇権主義者は、2001年、ブッシュ政権誕生とともに、国家エネルギー戦略を大きく転換しました。用意周到に原油高騰シナリオと原発復活シナリオ(今後20年で30基の原発建設)が計画され、今日に至っています。筆者のみるところ、日本企業である東芝にWHを買収
させた理由は、米国より進んだ日本の原発技術の取り込みと奪回ではないかとにらんでいます。原発建設工事において彼らは、当面、東芝、日立、三菱重工など日本企業を下請け化するつもりでしょう。
そして近未来、用済みとなったら、日本企業はポイ捨てされるリスクがあります。さもなければ、日本の原発技術をさんざん搾り取った挙句、訴訟攻撃を企画されて、最後は身ぐるみ剥がされるという最悪シナリオすらも想定されます。
4.米原発の建設資金の調達方法は?
上記の日経記事には、米電力会社は原発建設資金をどのように調達しようとしているかが報道されていません。この点が非常に気になります。日本の東電は世界最大の電力会社です。電力規制緩和の進んだ米国にはこれほど大きい電力会社はありませんし、資金調達力も東電並みとは行かないでしょう。東芝は三井財閥系企業ですが、三井住友銀行など日本の金融機関からの融資が期待されているかもしれません。現在、米国の国際金融資本は、サブプライムローンの不良債権化で、軒並み大変な危機にあります。そのため投資回収できるかどうか不透明でリスクの高い原発プロジェクトに嬉々として融資するとはとても考えられません。
一般論では、海外の大型プラント案件は東芝に限らず、日本企業にとって極めてハイリスクです。失敗すれば、巨額の損失を被ります。米国市場のプラント案件は、中東市場のプラント案件に比べて、一見、カントリーリスクは低いようにみえますが、ドル基軸通貨危機に直面している昨今の米国市場のカントリーリスクは結構高いと思われます。しかしながら、日本企業がグローバル市場で勝ち残るために、カントリーリスクを恐れてはいられないのも確かです。
(やまもと・ひさとし)
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注1:ベンチャー革命No.186『東芝のWH買収:高い買い物か?』2006年2月9日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr186.htm
注2:ベンチャー革命No.253『東芝のHD-DVD撤退:織り込み済みのシナリオ』2008年2月17日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr253.htm
注3:ベンチャー革命No.255『円高、イラン戦争と関係する?日銀総裁人事の行方』2008年3月16日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/melma.htm
注4:ベンチャー革命No.252『石油・穀物・防衛の国家戦略見直し急務』2008年1月27日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr252.htm