小野 正人
第1回 (ベンチャーキャピタルの機能)
(1)ベンチャーキャピタルとは何か
シリコンバレーは、毎日何社かのベンチャーが設立され、毎週のようにIPO(株式公開)にこぎつける成功企業が現われ、その度に多くのミリオネア(億万長者)が生まれている。
なぜ世界中からシリコンバレーのハイテクベンチャーに人材が集まってくるのだろう。ベンチャーに「ひと儲け」できる可能性があると考えているためである。ベンチャーも外部からカネが入ってこなければ立ち上がりようがない。その一番大事な資金を出すのがベンチャーキャピタル(VC)であり、当然米国のベンチャーインフラで真っ先に考えるべき機能である。
日本では、以下のように言われることが多い。
●アメリカのベンチャーキャピタルは、ベンチャーのスタートアップに深く関わり、資金だけでなく様々な支援を行って成功に持ち込む。
●VCは、リスクをいとわない。ハイリスクの事業計画でも、債務超過でも、大成功する可能性があれば果敢に投資をする。
●VCは、起業家のことを真剣に考え、ベンチャーの困難を助けてくれる。
● VCは、ハイテクベンチャーの経験豊かな人間が少数精鋭で運営しており、即断即決、果敢な判断をするスーパースター達である。
これらの表現が根本的に間違っている訳ではないが、現象面に目を向け過ぎていて、VCの本質はあまり述べられていない。以下で、あえて原点に戻ってVCの機能を整理してみよう。
ベンチャーキャピタルは、外部の投資家から資金を集めてベンチャーに投資して収益を得る事業である。VCは投資家(すなわちファンド出資者)から委託された資金を運用するエージェントであり、VCは投資先を投資家に代わって監視して利益が得られるように投資先に働きかける(図6−1)。したがって、VCは、投資先ベンチャーの行動を投資家の利益に合致させるべく行動することが最大の目的であり、VCは目的や立場がベンチャー側と決して同じではない。繰り返すと、VCのベンチャー投資の目的はファンド出資者の期待する利益を実現することであり、この点はエンジェル、事業会社、金融機関のベンチャー投資と根本的に異なっている。
(2)VCの持つ3つの顔
外部からみると、ベンチャーキャピタルは2つの顔を持っているように見える。一つは、投資したベンチャーを育てる「支援者の顔」であり、もう一つは「ファンド・マネジャー」の顔である。
VCの持つ支援者としての顔は、外からも良くみえる。先に述べたようなVCに対する表現は、大体この支援者の顔を見ていっているようだ。しかし、ビジネスとしてVCに期待されているミッションは、実はあまり外からは見えないファンドマネジャーの側面なのである。つまりVCに出資している投資家の利益にかなう行動を取ること、すなわち出資者の資金を有利に運用することがVCの役割である。VCは当然後者のファンドマネジャーとしての役割を優先するのだが、日本ではこの点の理解が案外なされていない。
VCは、ファンド・マネジャーとしてハイリスクのベンチャー投資を「儲かる商売」にしなければならない。そこで、ポートフォリオ・マネジメントが活きてくる。ベンチャーに投資して全部成功することはありえない。神様でもないVCが、いくら天才的な能力があったとしても、投資して成功するベンチャーはうまく行っても全体の3割くらいのものである。一つのベンチャーにどんなに成功する要件が揃っていても、マーケットや経済情勢、あるいは社内対立のような予想外の変化が起こる。VCが2、3社のベンチャーに投資しても全部だめになることもあり得る訳であり、確率論上の大数の法則に従って分散投資を行うことがVC投資の安定度を高める。VCは20社の投資を行っても、数社の大成功と残り数社のそこそこの成功(たとえば2倍程度の投資倍率で回収できる案件)で、投資家から期待されるファンド収益率を確保する。VCの投資後に数社のベンチャーが倒産して10億円の損失を被っても、ファンドが全体として成功を収めれば(すなわちファンド出資者が期待する収益率を実現できれば)、それで良しとすべき商売である。
●VCは個人の集まり
ベンチャーキャピタルの3つ目の顔は「個人の顔」である。米国VCの大半は個人の集まりであり、会社ではない 。後に詳しく述べるように、VCとは出資者から委託された資金を運用するために組成されたリミテッド・パートナーシップ(Limited Partnership)である。出資者は、ジェネラル・パートナー(General Partner、GP)という個人の集団と契約し資金を預ける。組成されたVCファンドの運営責任はGPに帰属し、また運用で生まれた利益は最終的に出資者とGPに分配される。要するに、VCの責任、権限、報酬が、すべてGP個人に付与されている。
この点、日本は米国と全く異なる。日本のベンチャーキャピタルは会社組織によって運営されており、VCファンドのGPは会社である 。VCファンドの運営責任や成功報酬は、代表取締役を筆頭とする会社にあり個人には帰属しない。両国のVCの違いを考える時、問題の根はこの基本的な違いにあることを見逃しがちである。
(3)ベンチャーキャピタルのスキーム
通常、米国のベンチャーキャピタルはリミテッド・パートナーシップの形態をとっている。米国の税法上パートナーシップの段階では課税されないため、この税効果を考慮してこの方式が長年採用されている。
ベンチャーキャピタルとは、こうしたパートナーシップ形式のファンドを組成し、調達された資金の投資・管理および資金回収を手がける組織である。ファンドの運営期間は通常10年間である。
ベンチャーキャピタルでは、ファンドを組成する段階で通常はファンド総額の1%をジェネラルパートナーが負担し、残り99%は外部の投資家が出資し、リミテッドパートナー(Limited Partner、LP)となる。GPは、法的に業務遂行責任とパートナーシップ運営上で発生する債務の無限責任を負う。その代価として、毎年ファンド総額の2〜3%のマネジメント・フィー(Management Fee、管理手数料とか管理報酬と呼ばれる)を受け 、かつファンド運営中に得られたキャピタルゲインの15〜25%が成功報酬として支払われる。
一方、LPの義務は出資の範囲内での有限責任であるが、GPに前述のマネジメント・フィーを支払う必要がある。LPは、ファンドにおいて現金や株式を分配する際にはGPの取り分を差し引いた全体の75〜85%を得ることになる。なお、1つのファンドへの出資額は、1名(1社)あたり50万ドルが大体の最低ラインになっている。
組成されたベンチャーファンドの1件当たりのロットは様々であるが、通常2,500万ドル未満のファンドが小型、5千万ドル以上が大型ファンドと呼ばれている。ファンドの運用期間は通常10年間であるが、これは前半数年間で投資を実施、後半数年で資金回収を行うことを目処にしているためである。米国では会社設立から株式公開までの期間が数年(NASDAQの場合)であり、平均的にはファンド設定期間が10年あれば会社設立後に投資を開始しても株式公開による資金回収には間に合う図式となる。
(4)洗練された専門機能の発揮
●専門家の結集
米国では、以上のようなパートナーシップを運営する「個人の集まり」がベンチャーキャピタルであり、一般の株式会社とは組織が異なる。米国でVCを専門に調査しているVenture Economics によると、1996年末時点で668社のVCがあるが、独立系、金融機関系、事業会社系の3つに分類される 。これらの構成は、独立系が495社(総管理資産413億ドル)、金融機関系が109社(同55億ドル)、事業会社系が64社(同10億ドル)であり、独立系が総資産の約8割を占める。
ベンチャーキャピタルは、ハイテク産業が立地する地域に集中している。VCの管理資産を所在地の州別にみると(表6−1)、カリフォルニア州(シェア27.3%、1996年末)、ニューヨーク州(同左22.4%)、マサチューセッツ州(14.2%)と、カリフォルニアが金融の中心地ニューヨークを上回っている。VCがハイテク企業の集積地域に本社拠点を置いているためである。
●投資家のニーズに応える運用商品の提供
第二次ベンチャーブームの1980年代には数百社の新しいVCが参入したが、この期間以降、従来のクラシック・ベンチャーキャピタルとは違ったタイプのVCが生まれていった。前述のように、現在は上位30社がVCの総資産の4割近くを占めており、巨大なファンドと特色を持った中堅中小のファンドに色分けされている。
VCは次のようにタイプ分けできる。
●メガ・ファンド(Mega Fund)
億ドル単位のファンドを運営する大手ベンチャーキャピタルはメガ・ファンドといわれる。1996年末時点で、全米に5億ドル以上の管理資産を持つVCは42社存在する。これらは独立系のVCであり、1970年代から80年代初頭に設立されたVC業界の古株が多く、数本以上のファンドを運営している。ファンドの運営は、アーリーステージ の企業とレイターやメザニンステージ(mezzanine stage、株式公開前段階)の企業を組み合わせて投資するスタイルである。いずれも投資企業に対しては自社単独あるいは少数のVCで共同出資するがリード・インベスター(筆頭外部株主)を務めベンチャーキャピタリストが社外取締役として経営に参画することも多い。これらのVCへの出資者は米国内の著名な年金基金や企業、大学、財団である。KPCB、セコイア・キャピタル、メイフィールド・ファンド、インスティテューショナル・ベンチャー・パートナーズ(以上シリコンバレー)、アドベント・インターナショナル、シュローダー・ベンチャーズ(以上ボストン)、パトリコフ(ニューヨーク)、NEA(ボルチモア)など、大手として名が知られるVCが多い。
●メインストリーム・ファンド(Mainstream Fund)
運営するファンド資産が5千万ドル以上のような中堅から準大手クラスで独立系のVCである。全米には管理資産百万ドル以上のVCが352社存在する(1996年末時点)。これらVCの多くがメインストリーム・ファンドに該当する。彼らの運営スタイルはメガ・ファンドに似ているが、メガ・ファンドがリード・インベスターとなる企業に共同出資するパターンも多い。大部分のメガ・ファンドはシリコンバレー、ボストン、ニューヨークが拠点だが、メインストリーム・ファンドは全米に広く分布している。
●大企業系ファンド
大企業が自社の目的に従って運営するファンドであり、先述のように全米には金融機関系VCが109社、事業会社系が64社存在する。米国でも、アップル、AT&T、ゼロックスのような大企業や、J.P.モルガン、バンカメリカ、メリルリンチのような大手金融機関は、VCがバックアップするベンチャーが大ヒットする状況をみて、ベンチャーに対する自社の出資や提携だけではなく、VCと共同歩調をとってこうした将来性のあるベンチャーを囲い込もうとしている。ファンドの出資元は当然親元の大企業であり、投資方針も親会社の事業戦略に対応した分野を中心としたものであり、これらはターゲット・ファンド(Target Fund)と呼ばれる。
●ニッチ・ファンド(Niche Fund)
特定分野にターゲットを絞った独立系のVCであり、ほとんどの資産規模は5千万ドル以下である。例えばアーリーステージのベンチャーを専門にするVCや、環境関連やバイオ分野に特化したVC、コンサルティングとVCを兼営する会社などがある。
(続く)