山本尚利

1.先の見えない世界同時金融危機
 現在、世界は株安、ドル安、ユーロ安に陥っています。米国発のデリバティブ金融バブル崩壊が今日の金融不安の要因であることは間違いありません。このあおりを受けて、日本も深刻な株安、円高に陥っています。2008年10月24日の日経平均株価7624円、1ドル95円と、株価は2003年4月28日の日経平均株価7607円(過去の底値)に迫っています。この状態が続けば、来年の日本の景気(製造業の支える日本経済の景気)は大きく後退するでしょう。2008年10月26日の日経新聞によれば2003年の株価収益率PER(時価総額/純利益)109倍に対し、今回は10.3倍です。
この数値から前回は構造不況による株価低迷であったのに対し、今回は世界同時金融危機による株価下落であることが明らかです。日本企業の力に比べて、異様に株価が下がっているということです。この状態はどうみても健全ではありません。もうひとつおかしなことに、前年度比(2007年10月末との比)の株価下落率が日本は54.3%(世界第8位)に対し、金融危機震源地の米国は39.8%(18位)にとどまっている点が挙げられます。また、対ドル騰落率(最近1週間)に関し、多くの国がマイナス(ドル高)となっているのに、日本のみプラス8%(ドル安)となっています。これはいったいどういうことでしょうか。日本の大幅な株安の原因は日本企業株主の30〜50%を占める外人投資家の換金売りといわれており、日本株騰落の原因はよくわかります。さらに外人投資家は海外の持ち株も換金売りして、手にした各国通貨にて円買いしていることになります。
ドル、ユーロに次ぐ世界通貨の円が今、投機の対象となっているわけです。ドルもユーロも信用できないので、消去法でやむを得ず円が選択されているのでしょう。このまま行くと、次に日本株が反転してV字型急騰する可能性すらあります。なぜなら、日本企業の業績は決して悪くないからです。日本の投資家あるいは日本政府が日本株を外人投資家から買い戻す絶好のチャンス到来です。

2.ノーベル経済学賞理論の功罪
 今回の世界同時金融危機はかつての日本の資産バブル崩壊と違って、米国中心のデリバティブ金融商品(金融派生商品)に対する信用の崩壊であるといわれています。そこで、デリバティブ金融商品について考えてみます。米国にてデリバティブ金融商品が普及した背景にはブラック=ショールズ・フォーミュラ(BSF)に代表される金融オプション理論があります。この理論は、後に、筆者の専門の技術経営(MOT)におけるハイリスクな技術投資プロジェクトや研究開発プロジェクトの評価法に応用されてきました。その関係で筆者は20年前の1988年ころから金融オプション理論に関心を抱き、当時、『オプション理論と応用』(大村敬一著、1988年、東洋経済新報社)を購入して勉強していました。ちなみに、この著者は2004年に早稲田大学大学院ファイナンス研究科(日本橋キャンパス)を立ち上げた教授です。
 さてスタンフォード大学教授のマイロン・ショールズ博士はBSF導出の功績により、1997年にノーベル経済学賞を受賞しています。ところが、彼の関与したヘッジファンドLTCM(Long Term Capital Management)が1998年、巨額損失を出して破産し、BSFの正当性に疑問がもたれました。にもかかわらず、その後、BSFを理論的バックグラウンドにしたデリバティブ金融商品市場は世界規模で普及していきました。
 ところでBSFとは何でしょうか。それは巨大な証券市場で日々、変動する多数の銘柄の株価を統計的母集団とみなして、その株式に投資する際のリスクとリターンを定量化表示する数式です。すべての株式銘柄に関する情報が完全に公開され、それに基づいて、多数の投資家が経済合理的に株を売買するという前提が成立すれば、BSF理論そのものに間違いはないと思います。要するに、今日の金融危機に関してブラック=ショールズ理論が悪いのではなく、BSF成立の前提条件を無視して、それを意図的に誤用した国際金融資本に責任があります。

3.ブラック=ショールズの理論が成立する範囲
 BSFの理論をわかりやすくいえば、サラ金の利子を想定すればよいでしょう。サラ金を借りる人は返済不能になる確率が高い。すなわちハイリスクの借り手です。そこで多数のサラ金の借り手を統計的母集団とみなせば、過去の経験に基づき借り手母集団の返済不能者の発生率が推定できます。そして貸し手が損しないレベルの利子率が容易に計算できます。オプション理論のオプション価額がサラ金利子率(しばしば高金利)に相当します。オプション理論を応用したデリバティブ金融商品にはその市場価格の変動リスクを引き受ける胴元(保険組織)が存在します。胴元はおのれが損しない範囲のオプション価額分だけ前金でもらうことによって、その金融商品の値下がりリスクを保証します。たとえば投資家は元本10億円のデリバティブ金融商品に投資する際、そのオプション価額、たとえば1億円の前金を胴元に払えばよく、市場価格が1億円以上値下がりしても損失は1億円どまりです。1億円を超える損失分は胴元が被ります。逆に、値上がりすれば1億円の捨て金で数億円あるいは数十億円を一瞬でもうけることができます。まさにバクチそのものです。
 ところでデリバティブ向け金融理論は、すべての企業は業績向上を目指すという前提で成り立つ会社株や社債、誰もが死を怖がるという前提で成り立つ生命保険、故意に交通事故を起こすドライバーはいないという前提で成り立つ自動車損害保険などには適用できるでしょう。なぜなら、これらの金融商品にはいっせいに価格暴落を起こす要因がほとんど存在しないからです。しかしながら、投機対象となりやすい住宅や不動産の購入ローンの証券化商品はデリバティブ金融商品として不向きです。なぜなら、住宅や不動産市場は不況などでいっせいに価格暴落を起こす要因が存在するからです。案の定、米国で2007年後半よりサブプライムローンの証券化商品の暴落がまず起こったのです。全世界でデリバティブ金融商品を販売してきた国際金融資本はこのリスクをあらかじめ予想していたでしょう。だからこそ自分がババを引かないよう、住宅ローンのデリバティブ金融商品を、さまざまな複合商品(CDOやCDS)に組み替えて転売し、おのれに降りかかるリスクの分散を図ったのです。

4.誰が悪いのか、証券化商品の暴落
 今回の世界同時金融危機をもたらした証券化金融商品の暴落は起こるべくして起きたものです。いったい誰が悪いのでしょうか。やはり、それはブラック=ショールズ理論の成立する前提条件を理解できなかった人たちです。つまりBSFの成立する前提条件からはずれる証券化商品を喜々として買った投資家たちです。世界の金融機関で資金運用する人たちは必ずしも統計数学に精通していないでしょう。BSFの本質がわかれば、到底、買えない商品が住宅ローン証券化商品を組み込んだデリバティブ金融商品でしょう。その意味でそれらを買った方が悪い。日本の金融機関は、プライムローンはともかく、少なくともサブプライムローンの証券化商品の危うさには気付いていたらしいので、幸いその被害は少なかったようです。しかし、今はサブプライムローン証券化商品を含むデリバティブ金融商品市場全体への信用がすっかり失われてしまったということです。
 しかし、だからといってBSF理論を全面否定してはならないでしょう。この理論は依然として、企業の株式市場、ハイテクベンチャー株式市場、将来的には知的財産権の売買市場の投資理論には十分有効です。

(やまもと・ひさとし)